渋谷哲平


1978年2月に「スター誕生!」からデビュー。70年代の男性アイドル界は「新御三家」の壁が非常に厚く、彼らに追いつけという感じで
次つぎに男性アイドルが出ては消えていった。あいざき進也、城みちる、荒川努、豊川誕らをその「第一期ムーブメント」とするならば、
太川陽介、川崎麻世、そしてこの渋谷哲平らが「第二期ムーブメント」といえよう。大ヒット曲はないものの、アイドル系が中心の番組
などでは、当時(アイドルが)希少だったこともあり、出演する機会が多く、露出度が大きかった。「レッツ・ゴー・ヤング」のサンデーズ
が懐かしく感じられる。
自分は学生時代に某劇場でアルバイトしていたが、その時のとある芝居に出演しており、少しふっくらしたナマ哲平を観たことがある。


■おもなヒット曲
朝日に向って 1978年 渋谷哲平のデビュー曲。うーむ。これは新沼謙治が歌ってもおかしくないぞ・・・とい
う感じのナンバー。「青春演歌歌謡」とでも申しましょうか・・・。77から78年にかけて
のこの時期は、原田真二、世良公則、チャー・・・といったロック・ニューミュージック
系がブレイクする時期。この曲の路線は、意表をついた作戦かもしれないが、かなり
「冒険」だったのでは・・・?
Deep(ディープ) 1978年 デビュー3曲目にして、大きく路線変更。聴いたらすぐわかる「これぞ!都倉サウンド
」というアップテンポな曲。年末の新人賞レースはほとんどこの曲でノミネートされて
いたので、一度はあの激しい振り付けも観たことがあるだろう。男性版ピンク・レディ
ーをねらったかな?(ソロだけど) このままピンク・レディーが歌っても違和感ない曲
だ。女性コーラスとの「掛け合い部分」も楽しい。カラオケ十八番「一人二役」あれっ・。
ヤング・セーラーマン 1979年 この年の春に大ヒットした西城秀樹の「ヤング・マン」に続け・・・とばかりに、同じビレ
ッジ・ピープルの「イン・ザ・ネイビー」をカヴァーした曲。ピンク・レディーも同曲を「ピ
ンク・タイフーン」でカヴァーしたため、ややかすんだ感はあったが・・・。しかしこの年
はこの他にも、グロリア・ゲイナーの「恋のサバイバル」を布施明、麻生よう子が、ま
た、レイフ・ギャレットの「ダンスに夢中」を川崎麻世が、セルジオ・メンデスの「サマー
・チャンピオン」を浅野ゆう子が・・・といった具合に、空前の「洋楽カヴァー」ブームな
のだった。