35.ママとあそぼう!ピンポンパン

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フジテレビの「こども向けバラエティショー」の草分け的存在。長寿番組として今日も続く「ひらけポンキッキ(〜ポンキッキーズ)」は
もともと、この「ピンポンパン」よりもやや年齢層が上のこども達を対象として、後に生まれた番組なのだ。
そもそも、自分の「ピンポンパン」との出会いは、テレビではなく小学館の学習雑誌シリーズ「幼稚園」上である。当時北海道には、
民放が3局しかなく、フジテレビ系列の番組は「フルネット」されていなかった。(他局とのクロスネットにより「3時のあなた」等、一部
の番組はオン・エアされていたが・・・。) 雑誌に載っている「ピンポンパン」は、渡辺なお子お姉さん。(後にポーラ化粧品のCMに
出演していた!) 「全国フジテレビ系列で放送中!」と書いてあるものの、どんな番組か観てみたいなあ・・・と、指をくわえているの
みだった。(もちろん実際にはくわえてないけど・・・(笑))
「ピンポンパン」をテレビで観れるようになったのは、1972年にフジテレビ系列の「UHB北海道文化放送」が開局してからである。
お姉さんは石毛恭子に変わり、ベージュのシャツにエンジの(つなぎタイプの)ホットパンツで登場。歴代お姉さんの中で、「ホット
パンツ」スタイルは彼女のみで当時の流行がうかがえる。この年、有名なあの「ピンポンパン体操」が登場!大人気となり、日本レ
コード大賞「童謡賞」
を獲得。「国民の歌」にしてはどうかという声が出るほどの過熱ぶりだった。
番組は、オープニングのあと、お姉さんの歌のコーナー、ヘビのパクちゃんのコーナー、お母さんとの工作コーナー(牛乳パック
など廃物利用なので、好感がもてた・・・)、体操、そして番組のおしまいには恒例の「おもちゃへ行こう!」コーナー(こども達がス
タジオ中央の大木の中へおもちゃを取りにいく!)と続く。
但し、土曜日については一般の幼稚園単位での出演となり、「おもちゃへ行こう!」のコーナーは無かったはずである。

ここで番組中で歌われた、記憶に残る歌を列挙してみよう。
デベロン音頭「♪うっひょ、うっひょ、うひょひょのひょ、デベロン音頭で踊らんと・・・」
おさるがサ「♪おさるがサ、カッとなってサ、カッとなって、キャーとなって、カッとなってサ・・・」
パジャママンのうた「♪パジャパジャ、パジャパジャ、パシジャママ〜ン〜・・・」(お姉さんもパジャマ姿で。)
ジャストンピン「♪チンゲン、ドンガラガッタ、ジャストン、ピーナッツ、カレーライス!」(ここでジャンケンをする。意味不明の歌詞!)
パンダちゃんのうた「♪ねぇきいて、パンダちゃん(パンダちゃん)・・・」(パンダは1972年に来日!タイムリーな曲だった。)
ぼうしをかぶったおとこのこ「♪ぼうしをかぶったおとこのこ、すいようび、あめのなかでぇ・・・」
キャンディーマン「♪キャンディーマ〜ン、もしもきみが(もしもきみが)ひとりでも(ひとりでも)・・・」(これは、サミーデイビスJr.
1972年の全米No.1ソング!!!なかなかお洒落な選曲もしている。)

石毛恭子の後のお姉さんには酒井ゆきえ。(現在でも司会やレポーターでたまに観る!)白のシャツにうす緑のつなぎのスカート
姿で登場。番組のトレードマーク?である縞しまの帽子のデザインは同じだった。酒井ゆきえ時代には、歌って踊れる小学生の男
の子たちのグループ「ビッグマンモス」(ビッグマックスではないよ!)登場し、メンバーの子が「中一コース」の人気投票で、新御三
家や三浦友和らと並ぶほどの人気を得ていた。(ビッグマンモス曲には、あの荒井由実作詩のもあるんだよ!)

番組のマスコットだった「かあたん」(カッパのぬいぐるみ)の声を担当していた人や、「しんぺいちゃん」こと坂本しん平らは既に
亡くなっており、感慨深い。ピンポンパン体操のお兄さんだった金森勢も、もうおじさんになっているんだろうなあ・・・。
「ロンパールーム」もそうであるが、この「ピンポンパン」に出たことのある人の話を聞いてみたいものである。